2007年11月01日

雨季の始まり・・・か?

10月26日に久方ぶりの雨(ただし霧雨)があった後、連日、朝は晴れているのに、午後は真っ黒な雲に覆われる、という日が数日続いた。その後、いよいよ、10月30日の午後に雷を伴った激しい雨が2時間ほど降り、31日の未明から午前10時頃まで激しい雨が降った。

空気もじとーっとしてきて、まさに雨季の雰囲気が出てきた。今年は、今のところ、まだ水不足で水がめに水を溜めるといったこともない。このまま雨季に入ってくれれば、去年のように水がなくて困ることもなさそうだ。

個人的予想では雨季が遅れると思っていた。これまでの間、山間部ではけっこうな雨が降っていたようで、平地の雨がなかっただけのようだ。

そういえば、前日の太陽の光の輪、あの現象が出ると雨季が来るんだ、という話を誰からかちらっと聞いた。意外に本当かもしれない。

ところがこの雨、車で30分の海沿いの市内ではお湿り程度だったそうだ。これからどうなるか。何となく、熱風の暑さも和らぎ、朝夕はまた涼しい風を感じられるようになった。

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2007年10月29日

太陽が・・・!!!

「とにかく、外に出て太陽を見て!」と家の者に言われて外に出ると、太陽の周りを光の輪が丸く覆っている。道行く人々がみんな空を指差しながら、太陽を眺めている。これは・・・・?

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これは、水滴や氷の粒に太陽の光が当たって回折したものだそうで、よく見ると、輪の部分は虹のように七色になっていた。今日(10月29日)の午前10時ごろからはっきりしてきて、午後1時ぐらいまで見えた。

「誰か偉い人が亡くなる前触れだ」「大きな事件が起こるかも」などと家の者たちが話しているのが聞こえる。気象台は「普通に起こる気象現象で、とくに何かがあるわけではない」とコメント。

インドネシアだからもうちょっと何か面白い話でも出るかと期待したのだけど、フツーの回答だった。それでも、ちょっとワクワクするような、不思議な光景。

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2007年10月28日

午前9時の花と乙女の掌

先週はずっと、原稿云々に明け暮れる日々を送ってしまった。ずっと家に閉じこもりきりではなかったので、悶々とすることはなかったけれど。原稿を今週中には目処をつけなければならないのだが、自分の以外の方々の原稿チェックに時間を費やされたのであった・・・。

そんななかで、先週はイニンナワの仲間たちとエコ・バッグの話で盛り上がった。日本ではすでに一般的だが、ここでもプラスチック・ゴミを減らすために、使い捨てではないバッグを使おうではないかという話になり、それなら、自分たちでも作ってみようか、といった話になった。

でもバッグだけじゃないよね、ゴミの分別をやって、生ゴミでコンポストをつくろう、そこでできた肥料で花を植えてはどうか、なんて話まで出た。

我が家の周辺は、道路拡張の影響で地価が高騰してきたらしく、周辺では住居兼店舗(ルコ)の建設ラッシュ。いずれ、ルコの町になるのは間違いない。せめて、ここだけでも、そんな殺風景ななかでの潤いのある場所にしたい。と、思いつつ、土曜日、さっそく花を探しに出かけてしまった。そして「午前9時の花」と「乙女の掌」を手に入れた。

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乙女の掌


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2007年10月22日

ライス・ショックを観て

今回、一時帰国中に観たテレビ番組で最も心に残ったのは、NHKで2夜連続で放映された「ライス・ショック」である。

グローバル化で、日本のいわゆる「うまい米」が海外で作られ、日本市場へ入ろうとしている。一方で、米価の下落と集落営農による規模拡大化の農政により、米作農家の生産意欲が大きく低下しているだけでなく、主要先進国では最低の食料自給率がさらに低下する可能性が高まっている。

生産者がおいしくて安全な米を求める消費者のことをどれだけ思って生産してきたのか。消費者が米をつくる生産者の先祖代々の苦労と環境保全への努力をどれほど思って米を消費してきたのか。「ボク、作る人」「ワタシ、食べる人」の両者の間に、大きな距りがあったのではないか。

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2007年10月21日

マカッサルへ戻る

日本で秋の味覚を満喫して、10月19日深夜、一時帰国からマカッサルへ戻った。今回は、デンパサールまでガルーダを利用。デンパサールからマカッサルまではライオン・エアに乗った。

朝、成田空港に着くと、ガルーダのデンパサール行きのチェックイン・カウンターまで長蛇の列。列は隣のキャセイ航空のカウンターをはるかに超えて続く。並んでからチェックインするまで約1時間かかった。

チェックインに並んでいてびっくりしたのは、インドネシア人観光客の多さである。レバラン休暇を利用して、その多くが華人系であるインドネシア人観光客の団体が何組もいる。キャセイ利用で香港乗り継ぎジャカルタ行き、というインドネシア人観光客もけっこういた。

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posted by daeng at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | マカッサル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

しばし一時帰国中

10月7日東京着、19日マカッサル戻り、の予定で、しばしの休暇一時帰国中である。3日間ほど実家(東北)へ帰省し、紅葉見物に行った。標高1800m付近まで上がったが、本格的な紅葉の見頃はまだもう少し先のようだった。それでも多少は楽しむことができ、個人的には満足だった。

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ちょうど、10月6日にマカッサルを出るときは、数日前まで涼しかった風が熱風に変わり、暑くなってきたところだった。今日はイスラームの断食明け大祭(イドゥル・フィトゥリ)。生温かい風を受けながらのお祝いになっているのだろうか。

それにしても、久々に食べた日本の米、とくに新米は、やっぱりおいしい。日本の秋・・・。私の大好きな季節・・・。しばし、楽しんでからマカッサルへ戻る。

posted by daeng at 09:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 東京 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月03日

写真ページの更新

これまで使っていた写真ページがプロバイダーの都合で閉じられるため、以下のページに移すことにした。今度は、Flickrを使ってみた。写真の感想など、Flickrにコメントで書き込んでいただけるとうれしい。

新しい写真ページ

posted by daeng at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | マカッサル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月23日

オエルナシ村にて

9月18〜21日に東ヌサトゥンガラ州クパンへ行った。州政府とGTZが主催するセミナーで講演することが目的だったが、20日午前中にクパン県のオエルナシ(Oelnasi)村を訪問した。

この村のメリアヌス・トイ村長とは、昨年12月、ゴロンタロで行われたJICAのセミナーでお会いしたことがあり、そのときは、民族衣装を身にまとって、高校生たちに噛みタバコや村の産物について大声で説明していた。

幸運にも村長は私のことを覚えてくれていて、大きな木の下の木陰で止まることなく村の話を聞かせてくれた。木陰を渡る風はさわやかで、乾燥しきった大地とは対照的に、快適な時間を過ごすことができた。

村長はまず、村の生活に地域資源がいかに重要かについて話をしてくれた。ロンタラ椰子は飲用以外に家の建築材など様々に利用される。下の写真は、樹液を採取しているロンタラ椰子の木である。ロンタラ椰子は、南スラウェシ州南西部の乾燥地帯にもよく見られるが、こちらのほうが葉が大きく、緑が多いような気がする。ロンタラ椰子にも様々な種類があるのだろう。

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posted by daeng at 02:17| Comment(3) | TrackBack(0) | その他インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月13日

スマトラ南西部沖の地震

昨日(9月12日)、スマトラ島南西部ベンクル沖で起こったマグニチュード8.4の地震は、その後、現在に至るまで度々の余震を引き起こしている。

幸い、地殻変動が垂直ではなく水平へ動いたので、震源の深さが2004年12月末のスマトラ沖大地震と同じ10キロだったにもかかわらず、大きな津波は起こらなかった、ということである。しかし、西スマトラ州やベンクル州では多数の建物が壊れ、多くの人々が建物の外で不安な日々をおくっている。

折りしも、12日の晩から断食月の夜の礼拝が始まり、地震はその最中の人々に降りかかってしまったのであった。「聖なる断食月に入るそのときに、なぜ神はこのような仕打ちを我々人間になさるのか」と多くの人々が祈ったはずである。

ジャカルタの邦人関係の方から状況確認の電話をいただいたが、筆者の住む南スラウェシ州マカッサルでは、この地震の揺れは全く感じなかった。ジャカルタは揺れたようなので、心配してくださったのだと思う。スラウェシ島は、真ん中から北および東では結構大きな地震が発生するが、南スラウェシ州のパレパレよりも南、マカッサル周辺ではこれまでに大きな地震が発生したという話を聞かない。地震が少ない場所としてはほかにカリマンタンがあるが、マカッサル周辺も地震が少ないところのようだ。

だから安心!といいたいところだが、逆にいうと、万が一、インドネシアの他の地域より確率はずっとずっと低いにしても、万が一、地震が起こったら、きっと何の準備もできてないマカッサルは大きな被害に見舞われることだろう。やはり、地震がほとんどないマカッサルでも、防災への備えをしておくに越したことはない。

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2007年09月10日

マカロニ・パンガン(ボゴール)

8月にボゴールにいったときに食べた「うまいもの」といえば、マカロニ・パンガン(Macaroni Pangang)である。

インドネシアの家庭料理のなかには、オランダから伝えられたマカロニ・スクートゥルと呼ばれる、言ってみれば、クリームのないマカロニ・グラタンのような食べ物がある。昔々、ジャカルタに下宿していた頃、下宿のイブがおいしいマカロニ・スクートゥルをよく作ってくれたのを思い出す。

ボゴールではそれが「マカロニ・パンガン」と呼ばれる。それを食べたいと思って訪ねたレストランの名前は、ズバリ、マカロニ・パンガン(略称:MP)であった。この店はJl. Salakにある。

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このマカロニ・パンガン、肉だけのBiasa(普通)とマッシュルームも入ったSpesial(特製)の2種類がある。オーブンで表面がカリカリッとこんがり焼かれ、チーズの香りがなかなかよい。味がちょっと物足りない場合は、例によってサンバルをつけて食べる。

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夜の店内はちょっと暗め。マカロニ・パンガンのほかに、様々な軽食や洒落た飲み物が用意されている。もともとは焼き菓子屋で、パウンド・ケーキもおいしそうだった。マカロニ・パンガンは持ち帰りも可能。

ボゴール植物園内のレストランのオランダ風メニューといい、ボゴールのちょっと洒落たレストランでは、オランダの匂いのするメニューが見受けられて楽しい。また、スンダ料理を現代風にアレンジした店も出てくるなど、ボゴールのレストランに面白い傾向も見られる。バダゴール(バソ・タフ・ゴレン)やアシナン(甘酢漬)だけではない、ボゴールの味を楽しんで欲しい。

余談だが、昨日、ジャカルタからマカッサルへ帰る飛行機のなかで、マカロニ・パンガンの箱を持った客を見かけた。マカッサルへお土産として持っていくような食べ物でもあるのだ。
posted by daeng at 22:51| Comment(2) | TrackBack(0) | うまいもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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