2008年05月03日

パート2へ移ります

新しいノートパソコンがなぜかseesaaにつながらなくなってしまったことと、けっこう移動が多くなるので、日本語、英語、インドネシア語のブログを一括管理することにしました。ブログ自体もけっこう重くなってしまいましたし。

そこで、「マカッサルと東京の間で」はパート2として、新サイトへ移行します。アドレスは以下の通りです。

<日本語ブログ>
マカッサルと東京の間で(パート2)

<英語ブログ>
Wonderful Island, Sulawesi

<インドネシア語ブログ>
Kabar dari Daeng KM (2)

皆様にはお手数をおかけしますが、引き続き、各ブログをご覧いただけますよう、よろしくお願いいたします。



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2008年03月11日

気持ちのよかった3つの出来事

このところ、10年前のインドネシアではあり得なかったよな、と思えるような出来事に会うことがたびたびある。今日は3つの出来事を紹介する。

その1

2月にインドネシア農業省の視察団が大分県で一村一品運動の現場を視察、私も同行した。東京=福岡往復の航空運賃を含む私の同行費用のすべてをインドネシア側が負担してくれた。彼らは1月に私をジャカルタに呼んでプレゼンをさせたときも、すべての費用を支払ってくれた。

その2

マカッサル市内の某レストランで、予約の際に前金を支払った。食事の後の支払のときに、前金支払の領収証を提示するのを忘れたことに後で気がついた。しょうがないと諦めていたら、レストランから「前金分を返したいので来店して欲しい」との電話をもらった。

その3

FASID-NGO研修でレンケセ集落に行ったのだが、参加者の一人がデジカメを紛失。受け入れたNGOが探したが見つからず、その参加者は諦めていたが、その後、誰かが見つけてNGOに届けてくれた。私の帰国時にそのデジカメを持参する予定。

インドネシアの何かが変わり続けているのではないか、と思えるような出来事にこれからも遭遇していくのだろうか。

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2008年03月02日

2週間、マカッサル

3月1日午後11時半、マカッサルに到着。今日から2週間、再びマカッサルである。FASIDの研修のお手伝い+αのためである。3日から7日まで、ゴア県マリノのレンケセ集落へ研修生を連れて行き、実地研修を行う。明日は、それに必要なものの買い出しなどをする予定。研修の本隊は3日にマカッサルに到着する。

2月10日に帰国した後、大分へ行ったり、JICA研修受け入れがあったり、予想以上にバタバタしていた。家族ともゆっくり、と思っていたのだが、私が起きているときに娘が寝ていたり、あるいはその逆だったり、なかなか思ったようにゆったりと対話ができなかったような気がする。

マカッサルはまだ雨模様の様子。今年の雨季は長いようだ。冬の乾燥した東京から水分たっぷりのマカッサルへ戻ると、何となく、肌がしっとりとして調子がよくなったような気がする。そして、この町に来ると気分がいつもホッとするのである。
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2008年01月28日

スハルト元大統領死去

1月27日(日)午後1時10分(西インドネシア時間)、スハルト元大統領が死去した。ここ数週間、プルタミナ病院に入院した彼の容体に関するニュースが連日流れ、一進一退の状態だった。

いずれ必ず訪れる日だった。スハルトが大統領の座を降りてから今年で10年が経とうとしている。スハルト時代はもう終わったはずだが、いろいろな意味で、あの時代にノスタルジーを感じる人々は少なくなかった。

そして、スハルトの容体を見ながら、「スハルトの過去の罪を許すべきだ」と主張した人々のなかには、「死を迎える人に鞭を与えるべきでない」という人間的な理由から進言した人々以外に、スハルトの死とともに「スハルトに追随した自分の過去の罪も一緒に流してしまいたい」と心のなかで願った人々も少なくなかったのだと思う。

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誕生日

1月26日、誕生日を迎えた。ご存知の方も多いだろうが、インドネシアでは誕生日を迎えた人が友人たちにケーキを分けたり、ごちそうしたりする。日本とは逆。そこで、ささやかながら、ケーキを用意し、我が家に出入りしている若者たちに分けた。

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ちょうど、若手写真家の集団PERFORMAが「ブロガーのための写真講座」を開いていて、その参加者もケーキのおっそ分けに加わったので、あっという間にケーキはなくなった。

今年で28歳(!?)、来年も再来年もずっと28歳の誕生日。そう、みんなにあいさつした・・・。

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2008年01月17日

日本の国益とは一体何であろうか

ちょっと固いタイトルで申し訳ない。マカッサルというインドネシアの一地方都市から、日本の国益ということを考えてみたい。そんなインスピレーションが湧いたのは、在マカッサル日本総領事館が来年度中に廃止になり、駐在官事務所が新設されるという話を聞いたからだ。

日本総領事館は、マカッサルで唯一の在外公館である。カバーする領域はスラウェシ、マルク、パプアと広いが、在留邦人の数は必ずしも多くはない。総領事館廃止の話は、幸か不幸か、地元メディアにはまだ流れていない。しかし時間の問題であろう。私は、この話がインドネシアのメディアで流れて、「日本がインドネシアに対する関心を益々失っていく証左」というマイナス・イメージがインドネシア全体へ広がることを懸念している。

いつの頃からだろうか。日本のメディア報道で「東南アジア」といったときに、インドネシアが抜け落ちていることが多くなったのは。

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2008年01月12日

マカッサルで無線LAN

マカッサル市は今、サイバーシティーを目指しているという。今日の地元紙Tribun Timurによると、市内のあちこちで無線LANが使えるとのこと。iVasと呼ばれるバーチャーを買う必要がある場所が多い(1時間7000ルピア)。ただし、ホテルなどでは無料のところも。速さのほうは256〜512kbps。主な場所は以下の通り。

コーヒーショップ
- Kopi Zone
- Phoenam Panakkukang
- Café Excelco
- Black Canyon Coffee

レストラン
- RM Ratu Gurih
- RM Istana Laut (Jl Datumuseng)
- Gelaelスーパー2階のKentucky Fried Chicken (KFC), Kantin Murah dan Baik (KMB)

ホテル
- Hotel Santika Makassar
- Hotel Quality Makassar
- Hotel Sahid Jaya Makassar
- Hotel Singgasana
- Hotel Pantai Gapura Makassar
- Hotel Banua
- Hotel Makassar Golden
- Grand Palace
- 2008年中にさらに13ホテルに設置予定

ショッピングモール
- Mal Ratu Indah (MaRI) Makassar
- MTC Karebosi
- Mall Panakkukang
- Panakkukang Square
- Panakkukang Trade Center
- Mall GTC Makassarのフードコート付近

オープンスペース
- ロザリ海岸の市長公邸からHotel Makassar Goldenまでの1.3km
- マカッサル市庁舎周辺
- ハサヌディン大学キャンパス周辺

そうそう、実は、ホットスポットにはしていないが、我が家にも無線LANが入れてある。マカッサルへ起こしの際には、どうぞご利用あれ。


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2008年01月10日

元旦にお雑煮

1月1日、マカッサル在住の日本人の友人たちを招待して、皆でお雑煮を食べた。お雑煮以外に、お手伝いがお正月っぽい料理を何品か作ってくれた。ちょっとお酒も入って、束の間の日本の正月気分。

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2008年01月01日

新年のごあいさつ

新年あけましておめでとうございます

マカッサルは雨季の激しい雨の元旦となりました。

昨年もたくさんの方々と出会い、様々なことを教えられ、勇気づけられました。自分は一人ではない。たくさんの無数の人々によって存在しているのだ、と感じました。人は、善意を受け、善意を返し、また善意を受ける、善意を返す、その繰り返しによって生きていく・・・。マカッサルの人々から学んだ大事なことの一つです。そんな人生をこれから歩んでいきたい、と思いました。

そして、これからの自分の人生の旅への警句として、敬愛する宮本常一氏の「民俗学の旅」の最後部に書かれた、大好きな一節を書き留めておきます。

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2007年12月30日

年末年始はマカッサル

12月20〜26日はイドゥル・アドハ、クリスマスと重なって連休、そして12月29日〜1月1日もほぼ休み、ということで、インドネシアでこんなに休みが続くのもなかなかないのだが、なぜかマカッサルにずっといる。当初は、この長い休みを利用して、ここ出身の人々を先祖に持つ遠い国々まで出かけようと思ったのだが、結局中止にした。気は進まないが、いくつかの原稿書きをし(ようと努力し)ている。

ここ3日間は、その前の雨が嘘のように雨が降らない。でも、これはほんの中休みだろう。1年前の年末年始はやはり大雨で、アダムエアの事故が起こったのだった。

パキスタンではブット元首相が自爆犯に暗殺された。インドネシアではそんなこと起きないよね、というぐらいのんびり落ち着いた年末を迎えている。前回の年越しは我が家で詩を皆で読み、楽団を呼んで盛り上がったが、今年は休みが連続したせいか、とくに特別の催しもない様子。しっとりと静かな年越しになるかな。

元旦には、いつもの通り、お手伝いにお雑煮を作ってもらうことにした。冷酒もちょっとある。マカッサルで一人で元旦を迎える方、よろしければ元旦のお昼に我が家で雑煮はいかが。できれば、前もって、個別にご連絡されたし。

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2007年12月27日

マカッサルのタクシーは意外にも・・・

マカッサルと聞けば、「こわい」というイメージを持つ方もいることだろう。ジャカルタでのマカッサルの評判は、信じられないほど芳しくない。

でも、マカッサルのタクシーは、ジャカルタ以上だろう。どんな会社のタクシーでも、何も言わなくともメーターを倒す。メーターを倒さなかったからといって、「法外な額を要求されるのでは」と怖がる必要はない。実は、本当に、ただメーターを倒すのを忘れただけなのだ。

運転手は怖そうな顔をしているかもしれない。運転もちょっと荒いかもしれない。しかし、遠回りをしたり、暗闇に連れて行って脅したりはしない。まじめに目的地まで連れて行ってくれる。お釣りだって、律儀に細かい金額でも返そうとする。

私のどんな友人に聞いても、タクシーで怖い目にあったという話を聞いたことがない。マカッサルのタクシーには安心して乗ってよい。

なかでも、黒い色のTaksi Putraが私のお勧めだ。車も新しく、運転手も真面目。200台以上ある車のうち、80台程度にDVDをつけた。運転手の提案を会社がOKしたのだと言う。お客さんが持ち込んだCDやDVDを楽しめるのだ。カラオケもOK。他の都市にもこんなタクシーがあるのだろうか。

ちなみに、ジャカルタの青いTaksi Putraで私はかつていやな思いをしたことがある。マカッサルの黒いTaksi Putraのほうがずっといい。

マカッサルに着いたら、安心して空港タクシー(出口でチケットを買う)に乗ってほしい。ぶっきらぼうな運転かもしれないが、目的地まで安心して到着できる。ジャカルタのようなタクシー会社の客引きもないし。

マカッサルにメータータクシーが登場したのが1990年頃。その頃から、こうしたタクシーの特徴は全く変わっていないのだ。

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2007年12月23日

南スラウェシ州知事選挙後の混乱

南スラウェシ州知事選挙で、シャフルル候補(現州副知事)が当選と決まってからはや1ヵ月。しかし、負けたアミン候補(現州知事)の不服申し立てを受けた12月19日の最高裁判所決定で、なんと、4県で選挙のやり直しが命じられた。これが実施されると、新知事就任は来年の3〜6月頃へ延期されることになる。

南スラウェシ州知事選挙をめぐる混乱は今後も尾を引くだろう。当地の治安状況に懸念が生じている。警察はマカッサルに「第1級警戒態勢」(Siaga 1)を発令した。

今後、マカッサル市内ではペッテラニ通りの州選挙委員会前、大学の周辺などで、様々なデモが行われる可能性がある。また、各県・市でも同様のデモが起こりえる。

現実問題として、デモや抗議集会だけでなく、支持者間の対立・衝突が起こる可能性も決して皆無ではない。十分な注意が必要である。

平穏無事に選挙を終えたかに見えたのに、なぜこのような事態になってしまったのか。

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2007年12月19日

今年の雨季は本物・・・

昨日(12/17)から、マカッサルらしい激しい雨が何時間も降る状態になった。今日(12/18)も午後から夜まで断続的に降り続いた。11月に入ってからけっこう雨が降っていたのだが、私がなじんできた、あのマカッサルの雨季が戻ってきた感じだ。

去年はおかしかった。12月に入っても雨が少なく、12時間の断水を強いられた。今年は水が出にくくなることもないまま、雨季に突入した。

日本も今年は冬らしい冬になったと聞く。それでも地球温暖化のなかでのちょっとした揺り戻しに過ぎないのか。やっぱり、今回のような激しい雨でないとマカッサルと言う気分がしない。

雨で水が溜まっても、庭に植えたマツバボタンが朝になれば健気に咲いている。水が多いと根が腐るという話だが・・・。ニチニチソウは何本かが枯れてしまったけれど。そんなマツバボタンに勇気づけられている今日この頃である。

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2007年11月22日

ようやく電話は復旧

11月20日、ようやく電話が復旧した。これにより、インターネットADSL常時接続のTelkom Speedyも使えるようになった。復旧まで10日かかった。ふーっ。電話局の管轄支局へ2回、本局へ1回出向いて、ようやく解決した。

原因については当初、電話の地下ケーブルが道路拡張の影響で故障したため、いつ復旧するかわからないと言われた。その後、20日の朝に本局で聞いたら、「お宅の電話機が故障しているから」との答え。では、なぜTelkom Speedyが使えないのか、と聞くと回答できない始末。

とにかく、何度も何度もお願いしているのに、電話局の職員が現場に様子を見に来ない。見に来ないで、原因を勝手に決めつけている。20日の午後3時半になって職員がようやく初めて到着。道路拡張の際に電話線を移動したとき、電話線を1本接続するのを忘れたため、とすぐに分かった。そして接続してすぐに復旧。「現場に来ればすぐ分かること」と言い残して職員は去っていった。

これが、公共サービスの向上を掲げるインドネシアのサービス業の現状である。一体、この10日間は何だったのか。時間を作って何度も電話局へ出向いても、埒が明かなかったのだから。

さあ、次は、大家が依頼した木の伐採で割れたガラスの始末の番だ。これも結局、大家が何もしないので、こっちが動かざるをえない。ふーっ。

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2007年11月19日

『選挙の後に死す』

17日夜、イニンナワ・コミュニティを舞台に、地元芸術家のフィルマン・ジャミルが中心となり、『選挙の後に死す』というパフォーマンスが行われた。16日に南スラウェシ州知事選挙の結果が正式発表されたのを受け、住民から距離の遠い政治エリートを批判、とくに南スラウェシ州知事選挙も政治エリート層による権力者の交代に過ぎない、との主張を秘めた無言のパフォーマンスであった。

まず、プリンティス・クムルデカアン通りを挟んだ向かい側にあるメルセデス・ベンツのオフィスの前で、フィルマン氏を含む3人の演者が頭上に火を焚いた素焼きの小瓶を乗せる。3人はそのまま、交通量の多いプリンティス・クムルデカアン通りを車の流れを遮って渡っていく。

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プリンティス・クムルデカアン通りをわたる3人の演者


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いろいろトラブル

このところ、ずっとマカッサルにいる。先週は、南スラウェシ州知事選挙の結果が発表され、現副知事が現知事を破って新州知事になることが決まった。たまたま、16日には友人に誘われて、当選した現副知事の「勝利スピーチ」を聞きにいった。その様子を、インドネシア版オーマイニュースともいうべき『パニンクル』にインドネシア語で記事を書いた(「勝利スピーチの後にゴミ拾い」を参照)。

今日でもう10日間、電話が使えない状態で、Telkom Speedyを使ったインターネット常時接続も全く使えない。もう何度もクレームをつけ、2回はわざわざオフィスへ出向いた。原因は電話地下ケーブルの故障の様子。クレーム係に電話すると「こちらは地上の問題を扱うので、地下の問題は別の部署」との答え。文句をいうと、上司と思しき男性が電話口に出て、平謝りされた。仕方ないのでIndosatnetの3.5Gでつなげるが、これがすぐに切れてしまって使えない。結局、所属先の大学に来て常時接続につなげている状態である。

15日には、家の大きな窓ガラスが割れた。大家が大木の幹を切るように使用人に連絡、その使用人が探してきた作業員が不注意で大きな幹をそのまま切り落とし、それが窓ガラスを直撃した。大家は当初、他人事のように「直してくれ」といってきたので抗議すると、「こっちでやる」との返事。17日の午前中に強風で残っていた窓ガラスもすべて崩壊、窓枠のみを残すのみとなった。雨季に入って、雨風が入ってくるとの懸念。もっとも、おかげで、涼しい風が入ってきて、部屋は涼しくなった。夕方からの蚊ははるかに多くなったけれども。

このところ、トラブル続き・・・。

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2007年11月16日

南スラウェシ州知事選挙に添えて

11月16日、南スラウェシ州選挙委員会(KPUD)は、11月5日に投票が行われた南スラウェシ州知事選挙の投票結果を正式に発表する。すでに、14日までに県・市レベルでの開票を終えている。

インドネシアの地方首長選挙は正と副のペアで立候補して戦うが、今回の南スラウェシ州知事選挙では、現知事と現副知事がそれぞれ知事候補として戦う展開となり、14日の集計結果では現副知事が現知事を1%以下の僅差で下すという結果になっている。これまでのインドネシアの地方首長選挙で、現職の正副知事が戦って副知事が勝てば、おそらく初めてのケースになるだろう。

当地では、現知事の支持者数百人が「不正があった」として選挙委員会に押しかけて、投票結果の正式発表を行わないよう圧力をかけた。16日もより多くの動員で圧力をかけることだろう。現副知事の支持者は今のところ自制しているが、当選発表となれば市内に繰り出すであろうから、両者間の衝突が起こって、市内が騒然とするのではないかとの懸念が現われている。

我がイニンナワの若者たちの投票行動は正確に把握していないが、現副知事に投票した者と棄権した者が同じ程度だったように思う。みんな、選挙に対してはかなり冷めていた。

友人の芸術家フィルマン・ジャミル氏が、そんな地方首長選挙を「権力者やエリートの茶番ではないか」と風刺するパフォーマンスを11月17日夜にイニンナワで行う。我が家の前のプリンティス・クムルデカアン通りを挟んで、向こう側とこちら側とを行き来するパフォーマンスとなるようだが、詳細は当日のお楽しみである。

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2007年11月12日

知人の州政府高官の怒り

私の知人の南スラウェシ州政府の高官が、日本の某私立大学での国際シンポジウムに出席するため、日本へ発った。彼は日本へ行ったことはあるが、よく知っているというほどではない。その彼が、出発前から心配して電話をしてきた。

まず、「空港から会場の最寄のホテルまでどう行けばよいか分からない」という。どうも、国際シンポジウムの事務局は空港に出迎えを送らず、自力で来て欲しいということのようだ。最近の日本での国際シンポジウムは、外国からのお客さんに自力+自己負担でたどり着いてもらうのが普通なのだろうか。これも経費削減のためなのか。

次に、奥様を同伴したいといったら、関係大学教授に「ダメ」と言われたそうだ。知人は、奥さんの同伴費用をもちろん自己負担すると言っているが、それでもダメなのだそうだ。その理由は「奥さんが日本で不法就労するかもしれないから」というもの。たしかに、日本にはたくさんのインドネシア人不法就労者がいると言われているけれども、こんな言い方はないのではないか。もちろん、奥さんのビザは、当地の日本総領事館からきちんと発給されているのだ。

この知人は、「当地で、JICAをはじめ、様々な日本人の活動がスムーズに進むように世話をしてきたのに、日本でのこの仕打ちは何なんだ?」と怒っていた。とくに、奥さんを不法就労者予備軍のように言われたことにカチンときた様子だった。

小さなことだが、こうしたことが積み重なって、インドネシアの日本に対する悪い印象を助長していくのではと思うのだが・・・。
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2007年11月07日

最悪の渋滞の中を歩いた

我が家の前のJl. Perintis Kemerdekaanが11月6日の夕方4時過ぎから大渋滞になった。昼過ぎに降った雨で、海側を走る高速道路がドロドロの泥道状態になって閉鎖されたため、そこを通る予定の自動車やバイクがどっとなだれ込んできたことが要因のようである。

Jl. Perintis Kemerdekaanも海側の高速も、現在、片側4車線へ拡張工事中なのだが、舗装した車線の外側部分を処理せずに放置しているため、そこが雨でドロドロの状態になってしまっている。それが道路全体にかかってしまって、通れなくなったのだろう。でも、そんなことは、雨季になれば起こることぐらい、お見通しのはず。海側の高速を施工しているボソワ・グループのお粗末な工事といわざるを得ない。

こんななか、私は街中での午後7時からの夜の会合に出かける必要があった。たまたま、家のまん前でトラックが脱輪し、車の出入りに支障が出た。私の車のガソリンの量が少なかったこともあり、タクシーか乗合(ペテペテ)で出かけざるを得なかった。

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脱輪したトラック

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2007年11月01日

雨季の始まり・・・か?

10月26日に久方ぶりの雨(ただし霧雨)があった後、連日、朝は晴れているのに、午後は真っ黒な雲に覆われる、という日が数日続いた。その後、いよいよ、10月30日の午後に雷を伴った激しい雨が2時間ほど降り、31日の未明から午前10時頃まで激しい雨が降った。

空気もじとーっとしてきて、まさに雨季の雰囲気が出てきた。今年は、今のところ、まだ水不足で水がめに水を溜めるといったこともない。このまま雨季に入ってくれれば、去年のように水がなくて困ることもなさそうだ。

個人的予想では雨季が遅れると思っていた。これまでの間、山間部ではけっこうな雨が降っていたようで、平地の雨がなかっただけのようだ。

そういえば、前日の太陽の光の輪、あの現象が出ると雨季が来るんだ、という話を誰からかちらっと聞いた。意外に本当かもしれない。

ところがこの雨、車で30分の海沿いの市内ではお湿り程度だったそうだ。これからどうなるか。何となく、熱風の暑さも和らぎ、朝夕はまた涼しい風を感じられるようになった。

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