2008年01月17日

日本の国益とは一体何であろうか

ちょっと固いタイトルで申し訳ない。マカッサルというインドネシアの一地方都市から、日本の国益ということを考えてみたい。そんなインスピレーションが湧いたのは、在マカッサル日本総領事館が来年度中に廃止になり、駐在官事務所が新設されるという話を聞いたからだ。

日本総領事館は、マカッサルで唯一の在外公館である。カバーする領域はスラウェシ、マルク、パプアと広いが、在留邦人の数は必ずしも多くはない。総領事館廃止の話は、幸か不幸か、地元メディアにはまだ流れていない。しかし時間の問題であろう。私は、この話がインドネシアのメディアで流れて、「日本がインドネシアに対する関心を益々失っていく証左」というマイナス・イメージがインドネシア全体へ広がることを懸念している。

いつの頃からだろうか。日本のメディア報道で「東南アジア」といったときに、インドネシアが抜け落ちていることが多くなったのは。

インドネシアが日本へのLNG輸出を大幅削減した。日本よりも中国の投資を優遇している。そんな話がよく出てくる。「過去にあれだけ日本が援助して助けてもらったのに、よくあんな仕打ちを返せるものだ・・・。恩をあだで返すようだ」といった感情が、今の日本のなかにあるような気がする。

戦略的援助という言葉が聞こえ出してから、日イ関係は何となく疎遠になり始めたような気がする。戦略的援助の戦略性は、短期的な効果を指すことが多いのではないか。日系企業への直接的な利益、エネルギー確保への目に見える効果、そういったものが戦略的援助の戦略性に該当するのだろう。

しかし、短期的な効果の積み重ねが必ずしも長期的な効果を生み出すとは限らない。長期的な効果を睨んだ戦略的援助というものはないのだろうか。

頻繁に担当者が変わる日本の省庁や企業・マスコミ関係者にはよく見えないのかもしれないが、インドネシア人から受ける日本人への信頼感情というものは、施した公的援助の額ではなく、このインドネシアの現場で地道に働いてきた日本人の先達たちのたゆまぬ努力とインドネシアの人々に対する愛情によって築き上げられてきたものである。その先達の姿からインドネシア人の日本イメージが構築されている面がある。

昨年5月に、ジャカルタとマカッサルで日本のODAについて関係者にインタビューする機会があった。ジャカルタでの関係者の日本に対する冷淡さと、マカッサルでの日本に対する熱い想いとの間に、予想した以上のギャップがあった。ジャカルタでも、実際に日本人専門家と仕事をともにした関係者とそうした経験のない人では、やはり日本に対するイメージに大きな濃淡があった。

マカッサルにいると、「日本の援助は他のドナーの援助とは違う。私は日本のやり方が好きだ」という人によく出会う。お世辞をいっているのかも知れない。しかし、「だからもっと援助をくれ」と畳み掛ける人はほとんどいない。「自分たちはこれをやりたい。しかしこの部分では日本の援助を活用したい」という言い方はよく聞くが。日本の援助プロジェクトのなかには、南スラウェシ州のある県政府の部局が「自分たちのプロジェクトだ」と胸を張るところさえある。コスト・シェアリングのローカル比率を徐々に引き上げて、その日本の援助プロジェクトが終わるときには100%彼らの負担で行えるようにしているからである。

在マカッサル日本総領事館が管轄するパプアには、日本の援助プロジェクトはまだ入っていない。治安上の理由で認められない、ということである。しかし、欧米豪の援助機関や世界銀行などはパプアで事業をどんどん展開し、そのあまりにたくさんの事業と彼らヨソ者のやり方の押し付けに、パプアの人々のなかから不満が聞こえる。たまたまパプアへ講演に行って、セミナー参加者と話をした際、そうした現状をどうやったら抜け出せるのか、何かオルターナティブはないのか、日本なら彼らとは違う何かを示してくれるのではないか、といった声が聞かれたのである。同様の声は、東ヌサトゥンガラ州のクパンで政府関係者やNGO活動家と議論したときにも聞かれた。

パプアや東ヌサトゥンガラは、このまま自立の芽を失っていくのだろうか。たくさんの援助機関が入っていても、事業のExitと相手側の自立を考えているのはほとんどないのではないかと思えた。地元の彼らはもがいている。しかし生きていくためには、援助の流れに身をおかなければならない。自分が目指すべき方向とは異なっていると感じながらも。彼らのもがきが芯から迫ってきた。そして、彼らのささやかな期待が日本へ向いているのである。

首都ジャカルタの日本大使館や東京の外務省には、こうした現場での日本に対する熱い想いが伝わっているのだろうか。その熱い想いへの回答が、たとえば在マカッサル日本総領事館の廃止であったなら、彼らはそれをどう受けとめるのだろうか。

札びらを見せびらかして援助を行う時代はとっくに終わっている。日イ友好50周年、日本とインドネシアが真のパートナー関係を築いていくというのであれば、それを援助の金額ではなく実際の態度で見せていくべきであろう。現場での地道な姿によって、日本への信頼を高めていくことが、長期的な意味での日本の国益になる。私はそう信じてインドネシアの人々と真剣に付き合っているのだが、そんなことは、戦略的援助には含まれない話なのだろうか。

現場での体験をもとに、日本への熱い想いを持ったインドネシアの人々。彼らのいる地域を相手に仕事をしてきた在マカッサル日本総領事館。できることなら廃止にして欲しくない。

今後、廃止というニュースが広まったときに、何が起こるか。日本にとって同館の廃止で、何がプラスになり、何がマイナスになるのか。じっくり観察していきたいと思う。

(ちょっと興奮気味に書いてしまった。長文にて失礼)
posted by daeng at 00:46| Comment(2) | TrackBack(0) | マカッサル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
このところ日本以外の国からインドネシアへの投資が急激に増えている。今年は日本とインドネシアの国交樹立50年の節目を迎え、一層の交流を深めたいときにマカッサル総領事館の廃止とは全くタイミングが悪い。
Posted by wacin at 2008年01月17日 11:41
このサイトでこう書くのが
良いかわかりませんが
弱小でありますが私は投資家です
インドネシアの会社を買っています

日本の仲間が非常に少ないです

確実に成長するのに・・・

私の夢はそのお金で身寄りのない子供達に
仕事を持ってもらうことです
Posted by meseyan at 2008年01月27日 22:14
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