この集落は、1920年代に開拓され、1980年代に水田から養殖池への転換が進んだ。養殖池ではバンデン(ミルク・フィッシュ)やエビが養殖され、1990年代後半まではエビの養殖で集落は潤った。しかし、1998年以降、エビに病気が広がり、現在ではエビ養殖は細々とあるにすぎず、バンデンの養殖が以前ほどではないが行われている。病気の原因は定かではなく、降雨量や降雨時期の変化など、地球温暖化に伴う気象状況の変化が原因ではないかとの説が聞こえてくる。
稚エビを育てている池があった
村人の間では、養殖池を水田へ戻したいという希望もあるが、いったん養殖池になってしまうと、水田への転換は難しくなるといわれる。村人のほとんどは、今は主食のコメを集落外から購入したり、集落外の家族から送ってもらったりしている。
今日のおかずのムジャイルを釣る女性。村人は誰でも、釣りならば養殖池の魚をとってよい。
手前のバケツの小さい魚がムジャイル。タニシのような貝の中身がえさになる。
村人の食卓には、毎日のように魚が出てくる。バンデン以外に毎日のように食卓にのる小さな魚がある。地元でイカン・カンボジャと呼ばれるムジャイルである。この魚は2000年頃から養殖池に見られるようになり、今では村人が毎日のように養殖池で釣って食卓に乗せている。この魚は実は害魚で、エビやバンデンのえさを食べてしまったりして、養殖の効果を損なわせている。海からやってきたということだが、どのように養殖池に入り込んで繁殖したのかは明らかになっていない。そして、このかつては存在しなかったムジャイルが、いまや、村人の重要な蛋白源になっているのである。
北スラウェシではこのムジャイルを養殖して、養殖池の重要な産品になっている。この集落ではどうなっていくのか。エビ養殖で潤った頃の夢をまだ頭に描いている村人には邪魔者のムジャイルが、村人の日々の食卓を支えている皮肉。水田を養殖池に変えてしまって、水田を失ってしまった集落。「集落で暮らしている限り、食には困らない」と多くの村人が語るこの集落の「豊かさ」に、FASIDフィールドワーク・プログラムに参加した学生たちは感心している。しかしその「豊かさ」はまた、非常に危ういものではないのか、という疑問も湧いてくるのであった。
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