村にある素材を使って食品加工を行い、少しでも農家所得を上げるのに役立てたい、というのが彼の希望だ。県政府とMOUを結び、包装や最終仕上げ用の設備・機械を県政府に買ってもらい、それを彼の指導する農民グループが活用する、という形で食品加工を進めようとしている。
でも、彼の話で最も面白かったのは、ホームステイ村(desa homestay)構想であった。それは一体何なのか。
もともとは、彼のところへ研修に来る人々の宿泊の問題から始まった。彼のところには宿泊施設はないし、街中のホテルに泊まるのでは実地研修に支障が出る。そこで彼が思いついたのが、周辺の農家に研修生をホームステイさせることだった。食品加工のコースは通常6日間、この間、研修生は農家に厄介になるのである。
これがとんでもない効果をもたらし始めた。ほとんどがイスラーム教徒の農家にパプアやヌサトゥンガラからキリスト教徒の研修生がホームステイにやってくる。様々な行き違いも起こるが、最後には涙涙の別れになるという。農家は、イスラーム教徒以外の人々の存在と性格を知り、異なる者への寛容を高める。この地域はかつて、イスラーム教徒とキリスト教徒がいがみ合った場所で、相互不信感を払拭するのが容易ではなかった。今では、教会に行きたい研修生をイスラーム教徒の農家が一緒に教会へ連れて行ったりする光景が当たり前になったそうである。
北ルウ県で洪水が起こったと報道されると、遠くパプアの元研修生から安否を心配する電話がかかってくる。ホームステイ村を通じて、新しい人と人との信頼の輪が少しずつ着実に広がり始めているのである。
ヨソ者に対しての寛容を身につけたホームステイ村が、たとえば、スラウェシ中に100村もできたら、いろいろ面白いことが起こってくるだろう。各村は独自の特色を持つはずで、それは私の友人のように食品加工の研修受け入れをしてもよいし、小・中学校の生徒の農業体験を受け入れてもよい。各村が個性を出しあい、ホームステイ村どうしの交流やネットワークが始まると、村が俄然面白くなってくるだろう。
外部に開かれたホームステイ村を通じて、村には様々な人やモノや情報が流れてくるが、それを取捨選択して主体的に活用する能力を持ち始めたとき、村落開発は従来とは全く異なる、自立的な動きをはじめることだろう。そのとき、行政が変な介入をしないように、第三者が監視する必要があるかもしれない。
ホームステイ村を活かす形で、地域産業振興やエコツーリズムなどが地道に展開し始めるのではないか。それを横につなげてネットワーク化し、スラウェシ・ホームステイ村としてトータルに打ち出せば、バリ観光のオルターナティブとなる可能性もあるだろう。
ホームステイ村の広がりが新たに内部者と外部者の信頼関係の輪を広げ、地域資源を活かした地域産業振興やツーリズム振興が産まれる現場となり、村人が生き生きと活動し始める。この運動が広がると、インドネシアは変わる。そんなことをふと思った。
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