2007年07月29日

マカッサル市内の田園風景

このところ、ずーっと家にこもりきりで、だんだん精神的に煮詰まってきてしまって、気持ちが後ろ向きになっていくような感じを抱き始めたので、「やばい」と思って、とにかく家を出て、外を歩いてみた。28日の午後、自転車で1時間半ほどの散歩。

コースは、家→テッロ火力発電所前→国家行政院(LAN)の立派な訓練センター→水路沿いの道→バトゥア・ラヤ通り→英雄墓地前→自宅。この水路沿いの道がなかなか面白かった。

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水路を埋め尽くす水草と水路に架かる橋


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2007年07月21日

インターネット

7月17日から我が家のADSLインターネットがつながらなくなってしまった。会社に問い合わせると、故障で順次直していく、とのこと。しかし、結局、21日朝にようやく復活。と思ったら、昼からまたつながらなくなった。今、ちょうど、日本との間で原稿のキャッチボールをしている仕事の締め切り直前で、インターネットがつながらないのは痛い。

ということで、思い切って、Indosat M2の3.5G Broadband Internet Packageというのに加入してしまった。中国製のHSDPAモデムをUSBでパソコンにつなげて、ADSLより早いと謳うインターネット接続ができるそうだ。モデムは、3Gのないところでは通常回線に自動的に切り替わる。これで、インドネシア中、どこへ行っても、Indosatの携帯電話が使えるところでは、インターネットにつながるはず、である。

今はプロモーション中とのことで、200万ルピアする中国製モデムが無料(ただし18ヵ月以内に解約のときはモデムを返却)、私は1ヵ月1.2Gバイトまで使えて35万ルピア、というパッケージに加入した。支払いはクレジット・カード払いである。

さて、ADSLのつながらない我が家で3Gを試してみた。ところが、意外につながらない。モデムとの相性のせいもあるのだろうが、携帯電話のシグナルがいつもは現れない。そして、つながってもすぐ切れる。まだ整備段階なので仕方がないのか。しかし、つながって安定すると、たしかに体感ではADSLよりずっと早い。マカッサルでこのサービスが始まってからまだ1ヵ月。今後に期待したいところだ(実は、この記事も3Gモデムをつなげて書いている)。
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2007年07月15日

ちょっと疲労困憊

7月10〜12日にジャカルタへ出張。10日に5時間、11日にも5時間、私が議長で会議を主宰+ロジ一切を仕切ったので、さすがに11日の会議が終わった途端に緊張の糸が切れ、記憶がスパーッと飛んでしまうような感じになった。

12日深夜にマカッサルに戻ったが、今回はなかなか疲れが抜けない。やるべき仕事や宿題はまだまだ山積。そんな状態なのに、13日は大学で実施されている研修コースで、その研修生である地方政府職員に日本の地域振興について3時間講義をしてしまった。

14日は、この前のブログでお知らせしたとおり、我が家で『メモリーズ・オブ・セレベス』の上映会。来場者は7人と少なかったが、「すべての在留邦人、インドネシア人の方々に観てもらいたい」という感想が出た。

この上映前に、プロジェクターの故障した可能性があるとわかって、代わりのプロジェクター探しなどですったもんだがあった。結局、プロジェクターは故障でないことが判明して一件落着だったが、大慌てだった。

このところ、土日は家にこもって1日パソコンを相手に原稿書き。せっかくマカッサルにいるのに、一体何をしているのだろう、と思ってしまう今日この頃である。
posted by daeng at 11:16| Comment(1) | TrackBack(0) | マカッサル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月08日

『メモリーズ・オブ・セレベス』上映会のお知らせ

マカッサル在留邦人の皆様を対象に、ドキュメンタリー映画『メモリーズ・オブ・セレベス』(中津兼人監督、日本語版・長編オリジナル版)の上映会を下記の通り開催する。たくさんの方々にこの映画を観てもらいたい。

とき:2007年7月14日(土)午後4時〜
場所:松井宅/Komunitas Ininnawa
   Jl. Perintis Kemerdekaan Km. 9 No. 76
   Tamalanrea Jaya, Makassar 90245
   *メルセデス・ベンツのオフィスの前
   *街中から空港方面へ向かって右の空き地のすぐ手前

映画については、こちらを見て欲しい。

日本軍政期に北スラウェシ・トモホンの学校で教鞭をとった庄司栄吉氏が、60年余の歳月を越えて、スラウェシへ教え子たちと再会する旅に出かけた。教え子たちはこの間、どんな人生を歩んだのか、彼は知りたかった。日本に戻って洋画家として成功した庄司氏は、かつて60年以上前にスラウェシ滞在していたときに描いたデッサンや絵を大切に保管し、一昨年、ささやかな画集を出版した。その表紙に描かれた少女とも感動の再会を果たす。この映画は、そうした庄司氏の旅を記録したドキュメンタリーであり、全編を通じて、日本人とインドネシア人との真の友情とは何かを静かに語りかけてくる。

本映画は現在、インドネシア語版を作成中である。このインドネシア語版のための制作費に、皆様の協力をお願いしたい次第である。ご協力いただける方で日本在住の方は下記の郵便振替口座まで、マカッサル在住の方は私宛にメールでご連絡いただければ幸いである。

折りしも、来年は日イ国交樹立50周年。それを前に、この映画が製作された意味を改めて思う。

郵便振替口座番号 00100-0-352933
         口座名称 オフィススリーウェイ

posted by daeng at 10:45| Comment(2) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月06日

諸悪の根源は学校教育?

勤務先の仕事の原稿が何本もあって、毎日、パソコンの画面を睨みながら、憂鬱で落ち着かなく気分の暗い日々を送っているが、これはどうしても書かなければならないと思って、書く。

インドネシアは今、受験シーズンが終わるところである。高校受験が終わり、昨日、国立大学の入学試験が終わった。

私の運転手の息子が高校を受験して、不合格になった。成績優秀で、運転手の自慢の息子である。10点満点で平均8.9点という成績なので、運転手は自信を持って入れそうないい高校を受けさせた。しかし、合格者発表のなかに息子の番号がない。落ち着かない運転手。事故を起こされてもいやなので、彼の希望にしたがって、いったん、家に帰らせた。そして、戻ってきた彼からいろいろな話を聞いた。

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posted by daeng at 13:32| Comment(0) | TrackBack(1) | マカッサル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月05日

7月の週末映画は邦画特集

我が家のあるイニンナワ・コミュニティでは、毎週土曜日の夜に映画上映を行っているが、7月は邦画コメディー映画を特集する。上映予定の映画は以下の通り。いずれも午後7時半頃から開始。

7月7日(土)『ラヂオの時間』(三谷幸喜監督、1997年)
7月14日(土)『The有頂天ホテル』(三谷幸喜監督、2006年)
7月21日(土)『タンポポ』(伊丹十三監督、1985年)
7月28日(土)『マルサの女』(伊丹十三監督、1987年)

一応、インドネシア人向けの催し物だが、私としては、日本人とインドネシア人が一緒になって映画を楽しむ機会であって欲しいと思っている。上映終了後の討論はなし。映画上映だけである。竹小屋のカフェでくつろぎながら、気楽に楽しんで欲しい。
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Mochtar Pabottingi氏来訪

7月2日夜、マカッサルに里帰りしているインドネシアの有名な政治学者であるMochtar Pabottingi氏が、ご夫人と一緒に、我が家のあるイニンナワ・コミュニティを訪れ、夜遅くまで若者たちと語り合った。

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Mochtar氏とは、公私共に懇意にしているが、以前から是非我が家を訪問したいという希望を氏が持っており、今回実現した形。我が家に出入りする若者の中には、Mochtar氏のエネルギッシュで理想を失わない著作と姿勢に感銘している者が少なくなく、ショートノーティスにもかかわらず、多数が集まった。

今回はとくにテーマを決めずに気楽に話し合おうという趣旨だったが、主に「政治と文化」の話になった。「文化は政治によって大きく変容する」という氏の議論が火付け役となって、話は、レフォルマシでもスハルト時代の新秩序はそのまま強固に残っている、今の南スラウェシ社会は末端まで新秩序が新たに作られた文化に染まっている、若者は何を今しなければならないか、など、熱い議論へと発展した。そして、氏は、このイニンナワ・コミュニティのような空間が社会全体へ広がっていくことへ期待を表明した。

またここで再会することを約束して去っていったMochtar氏。世代を超えて熱い何かが伝わっていかなければならないことが感じられた。
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2007年07月02日

ホームステイ村構想

3年ぶりに、北ルウ県の村で実践的な食品加工の研修をしているインドネシア人の友人に会って、話をした。彼はサラックやトウモロコシをチップやスナックにするのを専門としており、研修生は南スラウェシ州だけでなく、カリマンタン、ヌサトゥンガラ、パプアからもやってくる。

村にある素材を使って食品加工を行い、少しでも農家所得を上げるのに役立てたい、というのが彼の希望だ。県政府とMOUを結び、包装や最終仕上げ用の設備・機械を県政府に買ってもらい、それを彼の指導する農民グループが活用する、という形で食品加工を進めようとしている。

でも、彼の話で最も面白かったのは、ホームステイ村(desa homestay)構想であった。それは一体何なのか。

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posted by daeng at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | マカッサル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月01日

ますます拝金主義の気配

スラウェシ政治経済情報ファイルに南スラウェシ住民の金権政治に対する調査結果の数字を挙げておいた(こちら)。

支持率より興味深いのは、金権政治の許容度の高さである。回答者が正直だからなのか、もともと金権体質の土地柄なのか。

なぜそういうかというと、昨晩、婚資が用意できずに恋人と結婚できなかった男のドキュメンタリーを、我が家のウィークエンド映画会で見たからだ。彼の恋人の母親や姉妹の金に対する執着のすごいこと。男が値引きや分割払いをお願いしても、全く取り合わない。額も1億ルピアとかなのだ。この映画の最初の部分で、女性に婚資にいくら要求するかという質問に答える場面があって、その辺にいるフツーの女の子が「5000万」とか「1億」とか平然と言っているのに仰天した。

南スラウェシは、昔からこんなにカネがものをいう社会だったのか。もしそうでなかったとするならば、いったい、いつ頃から婚資の額が急上昇していったのか。つい最近まで、村に入ったりして村人に厚意を受け、そのお返しに現金を渡そうものなら村人が「恥をかかされた」といってカンカンになって怒ったものだが、そんな人々はもういなくなってしまったのだろうか。

私の頭の中では混乱している。同じく昨日のマカッサル市制400周年セミナーで聞いた話と結びつかないのだ。スピーカーの一人がなぜマカッサルは以前栄えたのかについて話をしていた。曰く、マカッサルを通して交易するほうが他都市を経由するよりもコストが安かったから、みんなマカッサルを通して交易をしたがった。パプアの人々は、嘘をつかないマカッサルの商人と交易するほうをティドレの商人より好んだ。ゴワ=タロ王国は、地元の商人と同様に外国人商人にも商売をさせ、一切介入しなかった。敵同士のはずのポルトガル人もスペイン人もマカッサルでは仲良く住んでいた。

今のマカッサルはどうだろうか? 人々は粗野で人をすぐだまし、しょっちゅうデモや暴動があって、外国人が住むのは危ない、なんて話が日本でもジャカルタでも吹聴されているではないか。私の経験からは、そうした世評を注意深く訂正したいのだけれども、是認せざるを得ない部分もないとは言えない。

日本では報道されないだろうけれども、ここの社会は、日本を超えるかのような予想以上のスピードで変わりつつある。そして、11月に予定されている州知事選挙を控えて、拝金主義が日に日に強まっていくような感覚を覚えてしまうのである。
posted by daeng at 14:48| Comment(4) | TrackBack(0) | マカッサル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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