2007年01月31日

ジョグジャカルタ訪問(2)

1月28日は、友人とバントゥール周辺をまわった。まず、トランス・ローカルと呼ばれるジョグジャカルタ市内からの移住者の村・中カラン村を訪ねた。地震直後に19軒が崩壊し、その後55軒が崩れていったという。震災直後に入ってきたのは食事などを運んでくれたNGOで、州政府が来たのは震災5ヵ月後だったそうだ。このため、震災後3ヵ月間は赤十字などのテントで過ごし、2ヵ月前から州予算で45軒で家の建て直しを進めている。

ここは、金の繭をつくるクリキュラなどの野蚕を飼育するとともに、日本の支援で2003年から実のなる木を植林する事業を進めている。山の斜面には、カシューナッツやピーナッツが植えられていた。実はここは2004年にも訪れたことがあったのだが、そのときにはなかった畑が一面に広がっていた。

下の写真はピーナッツの花である。黄色の可愛い花が咲いていた。

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ジョグジャカルタ訪問(1)

1月27〜29日に、ジョグジャカルタへ行ってきた。昨年の震災後のコミュニティの復興状況を見たいと思ったからだ。とはいっても、私自身は震災直後の状況を見ていないので、どれがどのぐらい復興しているのか、実感が沸かない。それでも、一度自分の目で見てみたいと思った。

ジョグジャ在住の友人と一緒に、27日はクラテン周辺、28日はバントゥール周辺を駆け足でまわった。友人の話では、以前(昨年9月)にまわったときに比べると、かなり復旧している様子だという。

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2007年01月29日

「マカッサル学」開始

1月26日、約100人ぐらいの若者や元若者が集まり、「マカッサル学」の第1回を無事開催した。幸運にも雨に降られず、外の竹小屋で、リラックスした雰囲気のなかで開催することができた。50人分のCotoと50人分のPallubasaを近所のワルンに頼み、参加者に振舞ったが、ほぼ完食となった。

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CotoとPallubasaの準備をするワルンの皆さん。今回のほうがワルンで食べるのより美味しかったともっぱらの評判だった


一応、マカッサル市長へも招待状を送ったのだが、市長挨拶をお願いしたわけではないので、きっと来ないだろうなと思っていたら、市観光局のおばさん二人が「市長の代理」といって出席してくれた。

内容については、後日、あいあいネットのブログに書き込む予定だが、これから毎月最終金曜日に集まり、マカッサルについて話をすることになった。次回は2月23日を予定、次回までに「あなたの好きなマカッサルの場所」という題で、いろいろ情報を集めてくることになった。

このマカッサル学、これからどんな展開になるのか、楽しみである。

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2007年01月23日

ワークショップ参加者来訪

1月22〜23日は、オーストラリアの支援するラーニング・センター(LC)プロジェクトのワークショップに参加していた。東インドネシア各地のNGOがLCを設置・運営して、生涯学習を地域レベルで展開しようというプロジェクトのようだった。今回のは、各LCの活動報告会であり、その参考にするため、我が家で活動している図書館Biblioholicの代表者も話をするために招待された。

このワークショップ、生涯学習の中身についていろいろ議論するのかと思ったら、要するに、LCにパソコンを設置し、インターネットに繋げることが重要なのであった。ドナーのIT活用戦略の一端としてLCが活用され、世銀などが運営する東インドネシア支援センター(SofEI)がこのLCを活用して農村部へ入り込もうとしていることもうかがえた。ご丁寧に、SofEIがマイクロソフトと組んで行うワークショップの案内まで配られた。

そこで、ITがないとLCは運営できないのか、LCでは何を学んでいるのか、といった質問をしてみた。外国援助を使って、ワルン・インターネットを運営するような話ではないのか、中身は一体どうなっているんだ、と。でも、2日目のLCのプレゼンで、それなりに考えてLCを運営しているケースの話が聞けたのは収穫だった。

その参加者がBiblioholicを見学したいと言って、23日の夕方にぞろぞろとやってきた。そして、仲間であるIninnawaなどで出版している出版物に興味を示し、書籍購入などをしてくれたおかげで、合計で60万ルピア以上の売り上げとなった。ファンド・レイジングにいつも悩んでいる仲間にとっては、束の間のホクホク顔であった。

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2007年01月21日

マルク海震源の地震

1月21日、中インドネシア時間19時27分(日本時間20時27分)に、南緯1.4度、東経126.28度のマルク海を震源とするマグニチュード6.5(USGSではマグニチュード7.3)の地震が発生した。震源の深さは51キロ。

この地震で、北スラウェシ州の州都マナドでは、モールで買い物をしていた市民がパニックとなり、しかも海岸の潮が引いたとの情報で「津波が来る」という話が一気に広がり、高台へ避難する人々が続々と現れた。マナドではマグニチュード5.5の余震が続いた。当初、津波の可能性があるとしていた気象庁は、その後、津波の恐れはないと訂正した。

北マルク州テルナテなどでも、住民が家を飛び出し、津波を警戒して高台へ避難した。ティドーレ島に家族がいる若者の話では、海のすぐそばに住む家族は無事で、地震で家の外に飛び出して高台へ避難した、とのことである。

震源地からすると、気になるのはむしろ北マルク州のバチャン諸島やスラ諸島の状況だが、今のところ、これら地域の情報は全く流れてこない。

ちなみに、私の住むマカッサルでは地震の揺れを全く感じなかった。

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2007年01月19日

住民が海水魚を食べなくなった!?

1月1日に消息を絶ったままのアダムエア機。日本ではもはや忘れられたニュースとなっていることだろうが、こちらでは依然として連日報道が続いている。このところ、パンケップ〜バルーの沿岸で、同機に関係があると思われる物体が次々に発見されている。今までのところでは、何らかの理由で同機は海に墜落した可能性が高くなっている。

そんななかで目にした週刊誌『ガトラ』のインターネット版の記事に、「マカッサル周辺の住民が海水魚を食べなくなった」というのがあった。曰く、アダムエア機の乗客の遺体を魚が食べているかもしれない、そんな魚は食べられない、というものである。「魚を食べるなら、養殖のバンデン(ミルクフィッシュのこと。こちらではボルと呼ばれる)だけ」という話だ。

たしかに、マカッサルの焼き魚の代表として有名なバロナンは雑食性なので、可能性はなくはないのだろう・・・。

もっとも、このところ海が荒れて漁民が漁に出られない日が少なくなく、魚の値段は全般に高め。天候も災いして、魚の売れ行きはあまりよくないようだ。

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2007年01月18日

GIAのオーバーブッキング

インドネシアでは、相次ぐ格安航空会社の事故を背景に、国内では最も「まし」と見なされているガルーダ・インドネシア(GIA)機へのシフトが起こっている。GIAのチケットは、今では入手するのがかなり難しい。

それだけではない。GIAはあらかじめ、予約システム上で定員+2名で予約を受け付けているのだ。つまり、2名分は常にオーバーブッキング状態になっているということである。チケットはOKでも、実際に搭乗できない客が常に2名発生するのである。実は今回、私がその2名のなかに入ってしまい、出張を中止せざるを得なくなった。

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2007年01月17日

ある日の郵便局

先週、郵便局での出来事。

「EMSが届いた。ついては郵便局に取りに来い」との紙きれが我が家に置かれていた。いつもは、EMSはそのまま配達され、郵便局へ取りに行くことなどないので、おかしいなあと思いつつ、もしかして関税がかかるのかも、と思いながら、ともかく郵便局へ出向く。

出向いた時間は夕方。EMSの配達担当者はタッチの差で帰宅したという。でも、EMSなので重要書類かもしれないし、なぜ今回に限って郵便局まで取りに出向かなければならないのか、理由が知りたかった。そこでネチネチ粘っていると、局員が件の担当者に電話で連絡を取ってくれた。「そっちへ戻る」という返事が来たすぐ後に、「やっぱり遠いので行かない」との答え。「客が怒ってるから、お前の机の鍵をあけていいか」と局員が尋ねると、担当者はそれを了承。

そして何が起きたのかというと・・・。

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2007年01月15日

「マカッサル学」を提唱してみる

1月3日の午後からほとんど雨が降らなかったのが、13日ぐらいからまたぼちぼち雨が降り始めている。日本は暖冬とのことだが、今年のマカッサルの雨の降り方は何となく変だ。

それはともかく、このところ、地域文化の消失や「いかに自分たちの関わる地域について知らないか」といったことをメールなどで問いかけてくる若者が見られるようになった。インドネシアの地域開発は、地域の人が地域のことを知っているという前提で進められてきたが、それは間違いだったのではないか、地域の人も自分たちの足元をよく分かっていなかったのではないか、という思いを強くしてきたのだが、その自覚が少しずつ始まっているように見える。

そんななかで、地域の人たちが楽しみながら地域のことを学び、新たな発見をし、それを地域の人々どおしでシェアしていく、という試みを始めてみようという気になってきた。そこでまず、「マカッサル学」というものを提唱してみようと考えている。

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2007年01月12日

ブギス食堂

1月11日午前11時、マカッサルの海岸通りの近く、ロッテルダム要塞の南側に小さな日本食のお店がオープンした。その名は「ブギス食堂」。パンフレットには「インドネシアの風味を生かした日本料理を用意」とある。場所は以下の通り。ムスリムの人も安心して食べられるよう配慮されている。

Bugis Shokudo
Jl. Pattimura No.19, Makassar
Tel. 0411-314038
営業時間:11:00-22:00
木曜日定休

さっそく、味見に出かけてみた。

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2007年01月08日

「風が入って」療養

1月5〜7日は、マカッサルでの所属機関の事業計画を話し合う「合宿」に参加するため、パレパレに行っていたが、うかつにも風邪を引いてしまい、めずらしく38度台の高熱が出た。

インドネシア語では、風邪を引くのを「風が入る」(masuk angin)という。こちらの人は風邪を引くと、刺激の強い油(メンソレータムの強烈な奴と想像していただければ・・・)を体に塗り、骨に沿ってコインでこする。これを「クローッイン」と呼ぶ。クローッインすると風が入ったところが赤くなり、これが消えれば風が体内から抜けて回復、ということになる。

この油で最良のものは、マカッサルの蜂油(minyak tawon)という人が多い。1990-92年にジャカルタで下宿していたときも、よく大家の奥さんにクローッインしてもらったが、彼女もマカッサルの蜂油が一番と力説していた。

昨晩、お手伝いの旦那にクローッインしてもらったが、赤いのがすぐ消えたので「大したことはない」と思ったのに、熱はなかなか下がらなかった。

今日はそういうわけで、1日ゆっくり家で休養した。お手伝いがパパイヤの葉を煎じた緑色の飲み物を「のどにいいから」と作ってくれた。パパイヤの葉特有の苦味があるが、たしかにのどの調子はその後よくなった。

療養したおかげで、熱も下がり、だいぶよくなってきた。明日は普通通りでいきたいものだ。

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2007年01月04日

アダムエアはどこ?

1月1日にスラバヤからマナドへ向かう途中で消息を絶ったアダムエア機は、1月3日現在でも墜落場所が確認できていない。

現地新聞報道によると、この機体はアメリカの会社からリースしたもので、すでに17年(飛行時間4万5371時間)使用されている古い機体だった。実は12月に、私はアダムエア機でマカッサルとジャカルタを往復したが、その機体も相当に古かった。

最初の報道で、機体が西スラウェシ州ポレワリ県の山中で発見され、90人が死亡、12人が生存、と伝えられたが、半日でそれが誤報と分かり、政府関係者が平謝りとなった。そして相変わらず、誤報の犯人探しに忙しく、最初にその話をした村人が新聞上で批判されているが、それならば、それを確認せずに伝えた政府高官やメディアも責められて当然のはずである。

日頃からマカッサルの人々と接していて、思い込みと誤解が甚だしいと感じる。言葉を少し聴いただけで、すぐに相手が勝手に思い込んでしまい、それをその場で修正しないと話が一人歩きしてしまう傾向がよくみられる。新聞記者にもそれが少なくないので、地元紙を読むときには十分注意して読むようにしている。今回の誤報騒動も、その延長線上にあると考えられる。

一刻も早く情報を取ろうとするその姿勢は好感が持てる。しかし、情報というものが早いだけではなく正しくなくてはならない、という基本的なことを真剣に学ぶきっかけになって欲しいと思う。

以前、インドネシア語のkatanya、rupanya、kiranya、kira-kiraを使わないで話をしよう、と提案したことがある。これらの言葉が情報のあいまいさを示し、論理的思考を妨げている、フィーリングでものをいう傾向を助長する、と思ったからである。

それにしても、格安航空会社各社の参入で、かつて旅客船で時間をかけて移動していた人々が飛行機に大挙乗り換え、それが人の移動を活発化させている要因となっているのだが、事故がおきない限り、安全対策は十分に準備され難いものだ。地震や津波の対策をみてもそれがわかる。安全対策をkatanya、rupanyaで済ませないように、しっかりと取り組んで欲しいものである。過ちを決して繰り返さないために、失敗からもっと学んで欲しいものである。
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2007年01月01日

行く年来る年inマカッサル

マカッサルでは、連日の大雨の中、2007年が明けた。12月31日がイスラーム教の犠牲祭(Idul Adha)だったため、市内のホテルでも派手な年越し行事はなく(市が禁止したのである)、しっとりとした静かな年明けになった。

我が家、というか最近は"Komunitas Ininnawa"と皆で自称しているのだが、ここでは、仲間同士の詩の朗読と、ゴア県スングミナサの楽団「ラ・サバラ」(La' Sa'bara)を招いたマカッサルの伝統楽器の演奏で年を越した。

我が家に集まる若者のなかには、「詩人」がたくさんいる。Kompasなどの有力紙の文芸欄に掲載されたり、地元のラジオ局で自ら詩を朗読したりするセミプロまでいる。恥ずかしながら、私も生まれて初めてインドネシア語で詩を作って朗読してみた。わずか10分でエイッと作ってしまった、味も素っ気もない詩ではあったが・・・(興味のある方はインドネシア語ブログをみて欲しい)。

「ラ・サバラ」(落ち着いた人、の意味)の演奏はなかなかよかった。若者たちがマカッサルの伝統音楽を守っている、という感じだった。演奏の様子をちょっとだけのぞいてみて欲しい。



彼が使っている楽器が興味深い。
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新年おめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。


世界中の人々が平和で笑顔に満ちた2007年となりますように。
そして、皆さんにとって素晴しい思い出に残る年となりますように。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


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